2017年04月11日

かばん2017年4月号



かばん2017年4月号 目次

04 特別作品 法橋ひらく ふらみらり 藤本玲未   
07 会員作品
29 リレーエッセイ 陣崎草子
31 今月の一冊 榎田純子
32 今月の歌 青木俊介 あかみ
33 かばんゲストルーム 小川佳世子
34 かばんguidance
37 かばん入会の手続きについて
38 新人賞へのアプローチ
43 2月号評 有田里絵 東こころ 飯島章友 
57 2月号五首選
59 歌会報告 土井礼一郎 足田久夢 久真八志
65 執筆メモ/添え書きの花園
66 かばん掲示板
68 かばんスタッフリスト/お問い合わせ先

表紙 絵:カシワイ 版下:とみいえひろこ


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2017年04月01日

2017年4月東京歌会

4月の東京歌会は以下の通り開催致します。

・日時 4月30日(日)
午後1時〜5時

・場所 武蔵野公会堂
(吉祥寺駅南口から徒歩5分ほどのところにあります)

下のURLをクリックすると、武蔵野公会堂の地図などの詳細が確認できます。
http://www.musashino-culture.or.jp/sisetu/koukaido/access.html
(公益財団法人 武蔵野文化事業団ホームページ)

その他、歌会の詳細についてはこちらをご覧ください↓
http://www.kaban-tanka.jp/kakai_annai/kakai_tokyo.html

会員、購読会員はもちろん、
ゲストの方のご参加も歓迎いたします。

2017年5月以降の歌会の予定は以下の通りです。
(午後1時から5時まで、武蔵野公会堂にて)
2017年
 5月28日(日)
 6月24日(土)
 7月30日(日)
〈ゲスト・ご見学の皆さまへ〉
参加ご希望の方は、utakai(a)kaban-tanka.jpまでメールにてお申し込みください。
※(a)を@に変えてください。
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2017年03月12日

かばん2017年3月号

04 特別作品 本多忠義 本田葵
06 会員作品
24 かばんゲストルーム 染野太朗
25 新春題詠選歌投票結果
30 かばんBN(バックナンバー)
つながってて欲しいもの あまねそう
32 今月の歌 若草のみち
33 今月の一冊 櫛木千尋
34 1月号五首選
36 1月号評 新井蜜 雨宮司 水野蛍
59 歌会報告 土井礼一郎 有田里絵 黒路よしひろ
67 冬のかばん会議議事録
69 執筆メモ/添え書きの花園
70 かばん掲示板
72 編集後記/お問い合わせ先

表紙 絵:少女幻想共同体 版下:とみいえひろこ

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2017年03月11日

2017年3月東京歌会

3月の東京歌会は以下の通り開催致します。

・日時 3月19日(日)
午後1時〜5時

・場所 武蔵野公会堂
(吉祥寺駅南口から徒歩5分ほどのところにあります)

下のURLをクリックすると、武蔵野公会堂の地図などの詳細が確認できます。
http://www.musashino-culture.or.jp/sisetu/koukaido/access.html
(公益財団法人 武蔵野文化事業団ホームページ)

その他、歌会の詳細についてはこちらをご覧ください↓
http://www.kaban-tanka.jp/kakai_annai/kakai_tokyo.html

会員、購読会員はもちろん、
ゲストの方のご参加も歓迎いたします。

2017年4月以降の歌会の予定は以下の通りです。
(午後1時から5時まで、武蔵野公会堂にて)
2017年
 4月30日(日)
 5月28日(日)
 6月24日(土)

〈ゲスト・ご見学の皆さまへ〉
参加ご希望の方は、utakai(a)kaban-tanka.jpまでメールにてお申し込みください。
※(a)を@に変えてください。
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2017年02月14日

かばん2017年2月号

04 特別作品 三澤達世 ミカヅキカゲリ 前田宏
07 会員作品
25 今月の歌 山田航 吉川満
26 かばんBN ホチキス止めの時代に(1990年12月号) 佐藤元紀
28 今月の一冊 東こころ
29 12月号評 あまねそう 藤島優実 雨宮真由
44 12月号五首選
46 歌会報告 土井礼一郎 佐藤元紀 久真八志
52 自由投稿 Aquila
55 執筆メモ/添え書きの花園
56 かばん掲示板
58 編集後記/お問い合わせ先

表紙 絵:少女幻想共同体 版下:とみいえひろこ

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2017年02月04日

2月26日 東京国立博物館吟行会のお知らせ

2月の東京歌会はいつもの武蔵野公会堂が改修工事のため
上野・東京国立博物館で吟行会を開催いたします!!

・日時 2月26日(日)
 11:45 東京国立博物館正門(内側)集合
 17:00ごろ終了予定

最寄駅はJR上野駅公園口、鶯谷駅南口、東京メトロ上野駅、根津駅。
各駅から徒歩10〜15分。上野公園内にあります。
会費は無料ですが、入館料650円が必要です。
集合後、2時間ほど館内を自由に見学しながら短歌を詠んでいただき(1首〜2首)、その後講堂に移動し歌会をします。

参加希望の方は正会員・購読会員・ゲストにかかわらずutakai(a)kaban-tanka.jpまでメールにてお申し込みください。
※(a)を@に変えてください。


☆ ☆ ☆

3月以降の歌会は以下の日程です。
武蔵野公会堂に会場を戻します。それぞれ13時〜17時。

2017年
 3月19日(日)
 4月30日(日)  
 5月28日(日)

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2017年01月15日

かばん2017年1月号

04 会員作品
19 今月の歌 柳谷あゆみ 山下一路
20 新春題詠「お互い様」
26 かばんBN(バックナンバー)
 短歌とかばんのある毎日 有田里絵
28 今月の一冊 若草のみち
29 11月号評 安部暢哉 沢茱萸 雨谷忠彦
47 11月号五首選
49 歌会報告 土井礼一郎 ふらみらり
53 執筆メモ/添え書きの花園
54 かばん掲示板
56 編集後記/お問い合わせ先

表紙 絵:少女幻想共同体 版下:とみいえひろこ
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2017年01月10日

2017年1月東京歌会

1月の東京歌会は以下の通り開催致します。

・日時 1月29日(日)
午後1時〜5時

・場所 武蔵野公会堂
(吉祥寺駅南口から徒歩5分ほどのところにあります)

下のURLをクリックすると、武蔵野公会堂の地図などの詳細が確認できます。
http://www.musashino-culture.or.jp/sisetu/koukaido/access.html
(公益財団法人 武蔵野文化事業団ホームページ)

その他、歌会の詳細についてはこちらをご覧ください↓
http://www.kaban-tanka.jp/kakai_annai/kakai_tokyo.html

会員、購読会員はもちろん、
ゲストの方のご参加も歓迎いたします。

なお、いつもは参加者の歌の批評を行っていますが、
1月歌会は、新春題詠の批評会になります。


2017年2月以降の歌会の予定は以下の通りです。
(午後1時から5時まで、武蔵野公会堂にて)

2017年
 2月26日(日)※
 3月19日(日)
 4月30日(日)  
※2月26日は武蔵野公会堂改修工事のため上野・東京国立博物館での吟行会を予定しています。

〈ゲスト・ご見学の皆さまへ〉
参加ご希望の方は、utakai(a)kaban-tanka.jpまでメールにてお申し込みください。
※(a)を@に変えてください。
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2017年01月07日

電子版配信記念特別対談 特集「描く短歌」を終えて(第2回) ながや宏高×柳本々々

かばん 2016年12月号 -
かばん 2016年12月号 -


前回の対談はこちら

【絵と短歌とインターネット】

柳本:いまたまたま「組み合わせ」の話が出たからちょっとお話してみたいと思うんですけれど、唐崎さんの今回の原稿いただいて面白かったのが、歌詞とイラストの組み合わせのことを話されてましたよね。歌詞画文化っていうのかな。あれ、ケータイ文化ですね。
で、たしかにあれ一時期あったんですよね。へえ、ああそうか、短歌と絵のルーツってケータイ文化からくみ取ることができるんだって非常におもしろかったんです。

ながや:振り返ってみるとケータイ文化って、絵文字、写メール、デコメールなど何かと気軽に文字とイメージを組み合わせられる楽しさがありましたね。

柳本:ツイッターみてると、すごくストレートな愛の言葉にほわっとしたイラストがついてる、あれはなんといえばいいんだろう、そういうカップル愛を絵と言葉にしたものありますよね。「一生ふたり。」みたいな。絵と言葉ってそういうパッケージングでむしろ流通してるんだなあと思って。
だから安福さんの絵と歌みたいのも抵抗がないし、安福さんが話されていたんだけど、あれを短歌ってわかってないでみてるひともいると思う。なにかいい言葉としてただたんに。
たぶん、相田みつをさんとかもそういうかんじで、受け止められていたようなきもするんですよね。

ながや:なるほど、歌詞画も含めてネットで拡がってきた絵と言葉の流通を考えるとおもしろいですね。普段短歌を読んでいない人にも「食器と食パンとペン」が受け入れられる理由のひとつかもしれません。 相田みつをさんの作品も普段詩を読まない人にも伝わってますよね。あたりまえですがあの文字がゴシック体とか明朝体だったら印象がまるきり変わってしまうでしょう。
絵葉書っていうものもありますし絵と言葉による表現というのはもちろん古くからあるわけですが、いまのpixivとかTwitterをみているとやっぱりインターネットによって「1枚の絵+言葉」を発信、受信して気軽に楽しむ文化と土壌ができあがっているということは言えますよね。LINEのスタンプをつかったコミュニケーションもこうした文化の流れの延長線上にあるように思います。

柳本:LINEのスタンプ機能の話おもしろいと思いますね。Twitterにも動画がかんたんにつけられるようになって、どんどん言葉とイメージの融合というかアマルガムがすすみますよね。そうするとそもそも言葉を絵と込みで考える感性が育ってきてもおかしくないと思います。
エクリチュールというか、書くという行為って考えてみると、メールやLINEなどのデジタルメディアが教育してるわけですよね。そうするとスタンプとか顔文字とか絵文字とかそういうのを込みで「書く行為」が育ってくる。
だとしたら、読むっていう行為が、絵とともに意味を解凍する方向にいっても「自然」なんじゃないかというのはあるような気がします。だから文字や意味、読むっていう行為を考えるときに、イメージを排斥した考え方は「不自然」なんじゃないかくらいに思ったほうがいいのかもしれませんね。
さっきの話でもあるんだけれど、たとえばゲーム、マリオでもいいんだけれど、ゲームってイメージとテキストが混合された世界ですよね。だからイメージとテキストがまじりあった表現ってすごく自然なんじゃないかと思いますね。極端にいえば、相田みつをさんとマリオはおなじライン上に並ぶこともできるんじゃないでしょうか。

ながや:「自然」っていうの良くわかります。相田みつをさんとマリオかぁ、おもしろいですね。発信者はテキストをどう読んでほしいのかっていうのを自己解釈して受信者に渡したくなってしまうものだし、そうせずにはいられない気持ちがある。たとえば少女幻想共同体さんのLINEスタンプ 
https://store.line.me/stickershop/product/1227207/ja) 微妙で絶妙なんですよね。肥大した自意識と誰かとつながりたいさみしさっていうんでしょうか、現代的なこのやるせないもやもや感が少女幻想共同体さんのスタンプだと、かわいらしさと共にすっとしみ込んでくるんです。だから、自然だなぁって。

柳本:だから今回の企画をとおして思ったのはもしかしたら文字メディアって一見ナチュラルな顔をしているけれど、ほんとうはすごく不自然なんじゃないの、歴史的に遡行して考えたほうがいいんじゃないの、っていうことかもしれないですね。
つまり、どっかで、文字を自然と受け取るようになってしまったんだけれど、どこかまでは不自然さとして受け止めていたかもしれない。とくに短歌っていうのは「歌」ですからね。文字ではないので。
そういうところをたえず問いかけている文芸が短歌なんじゃないかって思いますね。
そういう短歌っていうのはテキスト以外のものをたえず問いかけてくるっていうのかなあ。

ながや:幼年期に最初に体験するメディアのひとつが絵本じゃないですか。イメージを中心に受け取る方が人間にとってより原初に近いのかなと思います。音楽(歌)と絵(視覚メディア)って言葉よりも長く人類が続けてきた芸術ですから、文字より、心も体も受信しやすいのかもしれません。だから、人間の中にある言語外の領域をいかに刺激するかが短歌のおもしろさなんじゃないかっていうことを今回の「描く短歌」以降、よく考えるようになりました。

【幻のあたたかさ】

ながや:しかし一方で、イメージとテキストを混じり合わせる表現って言葉の意味や解釈の幅を絞ることでもあるんじゃないかと思うんです。
前にみたテレビ番組で井上陽水さんがメールをするときに絵文字をたくさん使うっていう話をされていたのがおもしろかったんですが、録画データがないので、そのときのことについて書かれた本から引用しますね。

リリー・フランキーさんが、陽水さんからのメールには絵文字が使われていると、テレビで話していた。どうして絵文字を使うのかと尋ねたリリーさんに、陽水さんはいつもの笑みをこぼしながら、「言葉だけだと意味が伝わりすぎるでしょう」と答えていた。 
齋藤孝『軽くて深い 井上陽水の言葉』(角川学芸出版)

「言葉だけだと意味が伝わりすぎるでしょう」これ、なるほどなと思ったんです。

柳本
:へえ、おもしろいですね。

ながや:テキストだけだと情報が少ない分、必要以上に深読みしてしまったり誤解をまねいたりします。言葉だけだと味気ないし、ひとことじゃ伝えられないと思っていろいろデコったり、スタンプを使ってみたりして、意味を付け足そうとしているかのようにみえるけれど、実は方向性を提示して意図しない解釈の可能性を消していく行為でもあるんだと思います。
言葉の解釈に正解を持たせるとか、そういうことにはもちろんならないですが、本当は消えてしまう領域の方が圧倒的に大きいはずなんです。さっきのオノ・ヨーコさんの『天井の絵』に話をもどすと、あの作品の場合は解釈の可能性が広大なのが特徴でした。その分想像力を試されるおもしろさとつらさがあるわけです。

柳本:イメージは方向性の提示ってなるほどって思いました。言葉と絵があることによって意味が(悪い意味で)豊かにもなりうるし、意味が(いい意味で)貧困にもなりうるってことですよね。
その意味でおもしろかったのは、ご自身の短歌を絵にされる場合、どういうことが起こるだろうってことなのかなあとも思います。
たとえば東直子さんの短歌の私が感じるおもしろさのひとつは、言葉が言葉どおりの言葉であることをやめたところから出てくる意味にできないなにかだと思うんです。ふだんの意味とはちがった意味がふだんの言葉からでてきてしまう。そういう短歌としてのおもしろさがあると思うんです。

ながや:確かに東さんの短歌って言葉で言い表しにくいなと思うことが多いです。とても良いなと思っているのに。

柳本:でもそのなにかは意味に還元できない。それってでも絵もそうですよね。絵は言葉で説明できない、意味にならないから絵なわけで。東さんの描かれた絵をみるときに、東さんの短歌とおなじふうな・ちがったかたちを見いだせるのがおもしろいなと思います。それがなにかっていうのは難しいんですけどね。でもなにかやっぱりそこには共通性がある。今回描いていただいた東さんの短歌の「幻になってもまだあたたかい」って東さんの世界の一端のような気もしました。意味にならないなにかなんだけれどもあたたかさがある。ふたしかさのなかにたしかさが感じられる。短歌ってそういうものじゃないかって気がしたんです。「幻のあたたかさ」を感じられること。

ながや:12月号の特集の対談の中で安福さんと柳本さんは穂村弘さんの「海の生き物って考えてることがわかんないのが多い、蛸ほか」という歌について語られていますよね。世界の不確かさ、蛸みたいにふにゃふにゃしたものが短歌のなかにあって、それは世界から取りこぼされた断片だっていう。で、その「ふにゃふにゃ」って東さんの歌と絵に共通していますよね。「意味にできないなにか」ってふにゃふにゃしてると思うんです。だから特集に寄稿されている東さんの絵にクラゲがでてくるのは偶然ではなくて、やっぱりふにゃふにゃをとらえようとした結果こういう絵になったんじゃないでしょうか。そう考えると少女幻想共同体さんが特集で村木道彦さんのマシュマロの歌(するだろう ぼくをすてたるものがたりマシュマロくちにほおばりながら)を選んで絵にされたのもなんだか腑に落ちます。

柳本:ああほんとそうですね。今回絵を描いていただいた東さんや少女幻想共同体さんの絵が幻想的というか非境界的な輪郭が志向されているのは、そういう意味に決めうちできない短歌の性質をとらえているようでおもしろいです。もしかしたら鑑賞や感想という意味決定よりも、絵のような非意味の言語のほうが短歌を「そのまま」とらえることができるのかもしれませんね。

ながや:「そのまま」、そうですね、僕は言葉で伝える感想や評よりも1枚の絵の方が説得力を感じるんです。「食器と食パンとペン」がたくさんのフォロワーに喜ばれているのってやっぱり感覚的にうれしいからだと思うんですよ。もちろん言葉で説明できることもあるかもなとは思いますが、なぜうれしいかっていうと、絵を見た人、短歌を読んだ人それぞれの中にある、ふにゃふにゃした説明しようのない部分が表現されているから、というのがひとつあると思うんです。それはきっと「幻のあたたかさ」に包まれる瞬間でもあって、だから、「意味に決めうちできない」んだなって。

柳本:さっきながやさんが陽水さんの言葉を引用されて、「言葉だけだと伝わりすぎる」って話されていたけれど、絵っていうのは伝わらないのがいいのかもしれないですね。でもまあ大事な概念って伝えきれないというか、説明できないものが多いですよね。死とか性とか好きとか。でも絵というかイメージであっけなく体でわかってしまう場合がある。私にもやがて死がくるんですけど、やがてくる死ってそういうふうにふっとわかってしまうのかなあって。

ながや:今年度の『かばん』の表紙絵は杉ア恒夫さんの歌集『パン屋のパンセ』をモチーフに少女幻想共同体さんに描いていただいているのですが、少女幻想共同体さんが描く世界ってあの世みたいな雰囲気がするんです。
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少女幻想共同体『12階かんむり売り場でございます』
/手紙魔まみトリビュート作品集『手紙魔まみ、わたしたちの引越し』
※試し読みページより引用
http://eurekakerue.sakura.ne.jp/mami.tribute/galleriffic/01.html

僕は『パン屋のパンセ』っていう歌集の大きな特徴は〈あの世とこの世の連続性〉だと思っていて、そういう歌集を少女幻想共同体さんが絵にされたら、さぞおもしろいものなるだろうという期待がありました。
死っていうものが、頭で理解できることはないんだけど、少女幻想共同体さんの絵をみていると、ああ、死ってこういうことかもな、こういう感じだったらいいなって、なんだか思ってしまうんです。
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かばん2016年5月号 表紙
表紙絵:少女幻想共同体

【かわいい、うらぎり、しゅんかん、ねんじろ!】

ながや:今回の安福さんと柳本さんの対談の中で、安福さんの絵の中に出てくる、人と動物の話をされているじゃないですか、これも「世界のふたしかさ」とか「ふにゃふにゃ」につながる気がしています。

柳本:動物っていうのも言葉の外におかれた存在ですよね。ある意味、絵の世界の住人たちなわけですよね。その意味で、安福さんの世界になんで動物がおおいのかっていうのは考える価値があるように思います。どうしたって言葉になりようもないなにかを背負っているものが動物なのかもしれない。たぶん宮沢賢治の小説に出てくる動物たちもそうなんじゃないですかね。クラムボンだって説明不可能ななにかですよね。

ながや:宮沢賢治の作品に出てくる動物たちはいつも異界の側にいて、人間が認識できる世界だけが世界じゃないっていうことを教えてくれます。その世界ってやっぱり言葉の外の世界だと思います。
じつは東さんの絵も唐崎さんの絵も、少女幻想共同体さんのさっきのLINEスタンプにも動物がいっぱいでてくるんですよね。動物は言葉の通用しない言語外の存在っていうことと、あともう一つ大きいのは動物のかわいさだと思うんです。「かわいい」は、ふたしかで、ふにゃふにゃで、言葉にできません。

柳本:そうですね。トトロやベイマックスに感じる感情もふにゃふにゃというかふわふわが基調になっていると思うんですよ。猫バスもそうかな。ボディを過剰にふわふわさせたとき、そこに人間との差異がでるんじゃないでしょうか。だからトトロの眼がどこをみているかわからないようになっていたり、ベイマックスの眼が微動だにしないのもたぶん、言葉とか内面が問題になってないからなのかもしれませんね。言葉にならない、ふわっふわしたもの。ベイマックスはまあ動物じゃないんだけど、ベイマックスは動物的だと思いますね。まあトトロなんですけど、ベイマックスは。

ながや:差異っていうと、たしかに言葉とか内面って人間の問題ですからね。ベイマックスとヒロの関係は言葉のディスコミュニケーションのあとの接触によるコミュニケーション、ふわふわボディからのハグを印象的にみせていました。トトロたちと、サツキとメイも言語外の領域で交流しているじゃないですか。こどもはまだ言葉の領域に入りきっていないというか、動物側/異界に近い存在っていうことだと思うんですよ。だからこどもにはトトロがみえる。
「かわいい」って、もちろん言葉で言うことには言えるし、人間が「かわいい」と感じるデザインの体系みたいなものもあるかもしれないんですけど、本来「かわいい」はわからなさの中に、言葉の外にあるんじゃないかっていつも思います。だから、説明不可能で、そもそも人間には把握しようがない。動物のアンコントローラブルなところってドキドキさせられますよね。通じ合えることもあるけど、人間の言葉も内面も関係なく勝手に生きている感じ。

柳本:動物たちはたえず人間を裏切っていくと思うんですよ。それは犬や猫と暮らしていてもそう思うんですよ。わたしたちを理解しないことの大切さというか。

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かばん2016年1月号表紙 
表紙絵:東直子

裏切りといえば、今回特集で久真八志さんに書いていただいた原稿を読んで考えさせられたのが、絵と短歌ってかならずしも仲良くはないんです。どっちかがどっちかを裏切っていくことがある。
でもだからこそ、短歌と絵にはおもしろさがあるんだなとも思いました。その裏切りがあらわれたときに、はじめて絵や短歌にちかづけるものがあるような気がして。
もしかしたら、意味がうまれる瞬間って裏切りのしゅんかんなんじゃないかと思うんですよ。なにか意味がうまれるときってそういうときじゃないですか。じぶんがこうだなって思っていたのが、ほんの少し裏切られたとき。そうではあったんだけれども、そうでもなかったとき。

ながや:裏切りの瞬間って、さっき話した「言葉の意味や解釈の幅を絞る」っていうこととつながりますね。あるひとつの意味がうまれる瞬間って逆を言えばその他の意味でよまれる可能性が消える瞬間でもあります。でもどこかで踏み込まないと作品に出会ったことにおもしろさもうれしさも生まれない気がしますし、どう踏み込んだかっていうのが、描き手、読み手の個性になるはずです。
僕は短歌を絵にすることはできませんが、短歌を読むときは勇気がいるなっていつも思います。危険を背負うことになりますから。

柳本:ああ、いや、そうなんです。勇気がいるし、少し「狂気」の状態になる必要がありますよね。なにかを決める、意味を決めるってそういう状態なんじゃないですかね。理屈とか分別とかからふっと逸れて、「これしかない」って決めてしまうしゅんかん。それは読むだけじゃなくて、表現するときもなんらかのかたちでそうなのかもしれないですよね。ひとが意味に出会ったり別れたりする瞬間って、そういうことなんじゃないかって思います。自分でまったく説明できない、不可解な、不思議な、でも「それしかなかった」しゅんかん。

ながや:できあがったものを後から振り返ると選択肢がみえたりすることもありますが、狂気というか夢中というか、そういう状態では「これしかない」っていうところで決断しているもので、その決断の瞬間に、なにかが宿って作品になったり、評になったりしていくのかなって思います。
うん、そうですね、「しゅんかん」。今回もまた良いキーワードに出会えました。
今日はありがとうございました。おもしろかったです。また機会があったらよろしくお願いします。

(おしまい)

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2016年12月25日

かばん 2016年12月号 電子版配信のお知らせ

【おしらせ】かばん2016年12月号をkindleで配信します

「電子書籍元年」と呼ばれた2010年からおよそ6年。電子書籍は確かに、読書のひとつの選択肢として一般に広がりを見せています。
短歌においても例外ではなく、電子書籍として出版される歌集や総合誌はここ数年で少しずつ増えてきているようです。
歌集・歌書は少部数で出版されることが多いために、後々入手困難となってしまう、といった問題を常に抱えてきました。
その点、電子書籍は発行部数に限りがなく、サービスが続く限りは継続的に入手可能です。情報のアーカイブ化という観点からも、歌集・歌書の電子書籍化は有用といえるでしょう。
またもちろん、地方や海外在住などで歌集を入手しづらい方、毎日何冊も本を持ち歩くので鞄が重い方、大量の本で床が占領されてしまっている方など多くの短歌読者にとっても、電子書籍は喜ばしい技術であると思われます。

このような昨今の状況をふまえ、歌人集団かばんでは新たな試みとして、本誌の電子書籍化を推進することとなりました。
そこでこの度、本誌電子書籍化第一弾として、最新号12月号をkindleで配信開始いたします。

かばん 2016年12月号 -
かばん 2016年12月号 -

12月号は年に2回の特別号。会員作品のほか、二つの特集企画が組まれております。

特集1「描く短歌」では、さまざまな視点から”短歌×絵”のコラボレーションについて語られる好企画です。
「食器と食パンとペン」というTwitterアカウントで、短歌をもとにしたイラストを発表され人気を博す安福望さんとかばん会員・柳本々々による対談。
安福望さんの装画で第一歌集『サイレンと犀』を出版された岡野大嗣さん、今月第三歌集『山椒魚が飛んだ日』を出版され、写真にも造詣のある光森裕樹さん、そして会員・久真八志による”短歌×絵”をテーマとした評論。
"歌集『しんくわ』(著・しんくわ)等の装画・装丁で話題の唐崎昭子さんや、杉ア恒夫の短歌と愛らしいイラストで毎号「かばん」表紙を飾ってくださる少女幻想共同体さん、昨年までの「かばん」装画で、暖かな筆致とどこか不穏な生命感のあるイラストが魅力の会員・東直子、以上三名によるイラスト+エッセイ。"
紙の「かばん」はモノクロですが、電子版ではこれらのイラストもフルカラーでご覧いただけます。

もうひとつは、山田航第二歌集『水に沈む羊』特集。
第一歌集『トントングラム』以降活躍の場を広げ続ける伊舎堂仁さん、Twitterやブログなど主にネット上で日々短歌作品の鑑賞をされている工藤吉生さん、会員・伊波真人の三名から、本歌集の書評をお寄せいただきました。
歌壇内外から高評価を得た2012年の第一歌集『さよならバグ・チルドレン』に次ぐ本歌集について、三者三様に語っていただいております。
著者・山田航による自選20首とエッセイも掲載。

さらに、かばんゲストルームには詩人・疋田龍乃介さんをお迎えし、詩「蕎麦道悶々」をお寄せいただいております。

その他、入谷いずみによる「かばんBN(バックナンバー)」では2002年12月号の紹介。「今月の一冊」では睦月都による斉藤斎藤第二歌集『人の道、死ぬと町』書評、「今月の歌」は森本乃梨子と柳本々々が執筆します。

特別号ということで、会員作品も普段より熱気を帯び、ボリュームたっぷりの一冊となりました。
年末年始のおともに、ぜひご覧ください。
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