「かばん」6月号特集、「短歌探検隊」の対談の続きです。
今回は世代をつなげることについて、アンソロジーの話題を交えつつうかがいました。
『短歌タイムカプセル』『初めて出会う短歌100』は、ちばさとさんが編集にたずさわっている本です。
(文責・高村七子)
世代をつなげること
千葉
ただ、文芸全体のムーブメントから言うと、高齢の新人が増えてきた。芥川賞を取った若竹千佐子さんとか、すばる文学賞『ミシンと金魚』の永井みみさんとかも、六十代や七十代でデビューでしょう。今まで働いてきた世代が六十代、七十代になって、さあ小説を書こう、ってなるとちょっとハードル高いけど、「短歌ならいけるんじゃない?」って感じで、結構短歌のほうに来るんじゃないかと思うんですよね。そういう人たちが、肩書きとかじゃなく、会社の名前じゃなく、フラットな歌の友達になれる場があればいいんじゃないかなと思ってる。だから『ひねもす』もそのうち五十代の友達を増やしたらいいんじゃないかな。三十年後に第二号を出したって別にいいわけだし(笑)。高齢の新人さんが増えていくと、もしかしたら高齢世代の中に青春の要素もあるかもしれないし、枯れていく歌だけじゃない、新しい豊かさがあるのかもしれないなって、思うんですよね。
折田
今はU-25選手権があるから、逆に六十歳以上でやるとか。
千葉
筑紫歌壇賞だっけ。年取らないともらえない賞もあるよね。でもそういうの、いいかもね、ガチで選ぶ五十代以上の短歌集、みたいなの。自分は今、五十六歳だけれど、五十代を見てて思うのは、五十代ってまだ若い。周りもそんな枯れてないし、同世代の先生たちも、めっちゃおしゃれを決めていて自分の好きなことをやって輝いてるし……。まあちょっと気を抜くとすぐ衰えちゃうから気をつけなきゃいけないんだけど(笑)。馬場あき子さんが九十代であんなに元気なのってすごいしね。短歌で若返るとか、短歌で生活を豊かにっていうような提案で、これから短歌人口をどんどん増やして充実させていくのって、ありだよね。……日々希くんって二〇〇〇年生まれ?
折田
はい、二〇〇〇年です。
千葉
そのうち、二〇〇〇年生まれ以降の歌人だけを収録したアンソロジーとかも作れちゃうだろうね。そのときにはもう「ちばさと」は切り捨てられて(泣)。
折田
ちばさとが古典になると(笑)
千葉
古典になるかな(苦笑)。改めて考えると、やっぱり上と下の世代を繋がなきゃいけないねって……弓生さんも言ってたんだけれど、弓生さんは、佐佐木幸綱さんから「上と下の世代を繋げる最後の世代が弓生さんたちだよね」って言われたんだって。だから自分が、今できるのは、篠弘を忘れない、佐佐木幸綱を忘れない、近藤芳美を忘れないとか、そういうことなのかなって。
折田
『短歌タイムカプセル』がまさにそういう感じだと思ったんですけど、あれはどういうきっかけで作ることになったんですか。
千葉
アンソロジーって色々あるけれど、どんどん廃れちゃうんだよね。俺が育ったのは、講談社学術文庫の『現代の短歌』。あれは明治の時代から始まって、一番新しい人で辰巳泰子。とてもいいんだけれど、二十年も経ったら絶版でしょう。そういう本と、小高さんがまとめた『現代短歌の鑑賞101』とか。それらと一緒に置いて詠み比べできる本が欲しかったんです。その小高さんの本も、高野公彦さんの『現代の短歌』も売れたから、多くの家にある。ただそれだと辰巳泰子以降の新しい人がいないから、そういう人たちをちゃんと入れて、忘れられがちな物故者も入れて。短歌って長生きしないと残らないでしょう。だから、若くして死んでしまった人、北川草子さん、安藤美保さん。そういう人たちを入れたかった。そういう、埋もれてしまいそうな人を救出するプロジェクトっていう側面はあったかも。
折田
一般的に、アンソロジーって時代性が全部フラットに見えてしまうところはあると思うんです。短歌の入口としてはなんでもまんべんなく吸収するのが良いなと思うんですけど、その次のステップとしては「歴史性」というのが、何かガイドとして必要かなと。やっぱ今の視点で寺山修司を読もうとしても、時代背景がわからないと上手く読めないとか。そこを読めるようにするアプローチが、最近だと良真実さんの『はじめての近現代短歌史』みたいな本だと思っていて……入口の次に置かれてる本、というか。ちばさとは入口を広げる仕事をすごくやってると思うんですけど、その対象をどこまで広げるのか、とかってどのように考えてますか。
千葉
うーん。良真実さんがやってくれたみたいに、時代を追って秀歌を繋ぎながら全体を俯瞰するっていうのは……自分にはそこまでできないなと思います。そこまで自分で組み立てることはできないなと。自分ができることとしては、読者がどこから何を読んでもいいという自由を大事にしたい。教養主義的に「絶対これは押さえて」っていうものじゃなくて、やっぱりピックアップしてつまみ読みができる、誰もが立ち寄れる場を残しておかなきゃっていう気持ち。今はそれだけかなあ。
高村
『初めて出会う短歌100』とか、そうですかね。
千葉
うん。これはね、教科書に載ってる短歌がベースなんですよ。図書館に行って、二〇一九年時点で使われている全ての教科書を見て……。つまりこの本で初めて短歌を知って、教科書でまた出会う、というようにしたかったんです。教科書に載っていない短歌はあまり入れていない。あと百首のうち女性を多くしたかったから、女性五十二、男性四十八とかになってる。あと皇室関係はほぼ女性。美智子皇后も載ってるし、天皇で載ってるのは天智天皇だけだし。あと読みやすい歌を中心にしたから、平成短歌は多い。あと特徴的なのは、短歌定型に近いもの、たとえば沖縄の琉歌を入れた、歌謡も入れた、というところ。
高村
個人的に興味深く感じたのが、解説です。学校でやるようなテキストだったら、文法的に間違いのないような現代語訳とかを書いたりするじゃないですか。そういうのじゃなくて、結構意訳をしてるなって思うところが多かったんですよね。カチカチの正しい文法ではなく、短歌の肝の部分を見せて、それを面白いと思ってもらいたいんだなっていうふうに、私は捉えました。
千葉
ありがとうございます。まさにそうで、ただ言い換えるんじゃなくって、鑑賞をするようにコメントを書きました。この鑑賞文は自分が全部書いて、寺井龍哉くんに全部監修してもらって……二人で討議して、読解として適切か、何度も書き直しました。寺井先生のチェック、めっちゃ厳しかったですよ(笑)。作者はどんな人っていう部分は……短いから全部はカバーしきれていない。作風に触れた人もいれば、周辺情報で終わった人もいて、ちょっと不公平なんだけれどね。でも入口として親しみを持ってもらいたいから、何かしら書こうという作戦で書きました。あと、この一言のつぶやきのところは、自分が九十八首ぶん書きましたね。ただ、絵をつけてくれたのが佐藤りえちゃんなんだけど、りえちゃんのイラストに合わせて二箇所直しました。自分が書いたことに間違いはないんだけれど、監修で寺井龍哉、絵を描くだけじゃなくて内容についても触れてくれた佐藤りえ、そして佐藤弓生さんは歌を選ぶ段階から検討してくださって、コラムも書いてくださって……。このお三方を先生にしながら自分が書いた感じ。この本は、うまくできたなあと思ってる。
高村
さっきの「どこからピックアップしても読める」というか、ぱっと開いて目に入った短歌を読んでいくような読み方ができる本ですよね。

