2025年09月04日

2025年6月号特集「短歌探検隊」対談・折田日々希×千葉聡【後編】その6

間があいて大変申し訳ありません。
「かばん」6月号特集、「短歌探検隊」の対談の続きです。
今回は、ちばさとさんがX(旧Twitter)で続けている、黒板短歌の選定についてうかがいました。
「フォルテ」とはちばさとさんの次の短歌のことです。
フォルテとは遠く離れてゆく友に「またね」と叫ぶくらいの強さ(千葉聡)

(文責・高村七子)



黒板短歌の選定

折田
短歌の入口を紹介する立場として、選ぶ選ばないというか……先ほどの黒板短歌に載せる載せないという話にも繋がるんですけど、歌の選定について何か言われることもあるんじゃないですか?

千葉
「何で書いてくれないの」って今まで言われたのは、五人ですね。言ってきてくれた方の歌は、ほぼすべて書きました。

折田
あ、書くんだ。

千葉
だってさ、「なんで自分の書いてくれないの」って言ってくれたってことは、もしかするとそれで眠れないほど苦しんでるかもしれないし、プライドを傷つけられたかもしれないと思うから。そんなことを言うという恥ずかしさを乗り越えて言ってきてくれたんだから。「言っていただいてありがとう」「こっちは朝の学校の雰囲気に合うように選んでいるだけですから。ただ、あなたの作品は大切に読ませていただいています」って伝えた。そのあと、家に帰って、その人の歌集を開いて、その場にふさわしい歌があったら書こうと。別に「小さな黒板」に、アンソロジーのような意味付けはないから……。他に、三人の歌人から言われたことがあるのが、バランスが良くないということ。つまり若い人向けのものに偏っていて、鹿児島寿蔵がいないじゃないか、土岐哀果がいないじゃないか、ということ。でもあの黒板は、文学史を追う場所じゃないし、名歌を無視しているんじゃない。ただ、その日、生徒たちに読んでもらいたいフレッシュな歌を書く場。生徒たちにとって親しみやすい歌を、という軸はずっと持ってます。一年で二百首ぐらいを書くから、十年間で、もう二千首ぐらいは書いています

折田
すごい!

千葉
結構な量だよね。二千首って言ったら『古今和歌集』二冊分。だからまあ……いいんじゃないのかな、俺が自由に書いて。何か言ってきてくれたら、なるべくお答えして。

折田
自由に紹介するっていうのが一番だとは思います。ただ、やっぱちばさとレベルになると、なんていうか……載ったら嬉しいという気持ちにはなっちゃうし、載るのがステータスとは言わないですけれども、実質的に「ちばさとに選ばれた」ってなるところは、ある気もしちゃう。

千葉
いやまあ、そんなことはありません! でも、そう言ってもらえると嬉しいれど……。でもそれも、今、たまたまそういうふうにやってるだけで、今という時代の恩恵だから。五十年たって、折田日々希編『二〇〇〇年以降生まれの歌人アンソロジー』が出たら、「千葉聡なんて知らない」の時代になると思うし。でも、もし「今の力」があるんだったら、今、なるべくたくさんの人を載せたい、紹介したいと思っているよ。

折田
なるほど。確かに、本当に幅広くキャッチしてますよね。

千葉
たとえば、藪内亮輔くんの歌を何回か書いたら、本を借りに来た子がいて。すぐに本を返してくれちゃったから、読まなかったのかなと思ってたら、「買いました」って。その後、その子は藪内くんの本二冊、付箋をいっぱいつけていてさ。短歌全般っていうより藪内ファンになった子もいる。だからつまり、自分が「この歌人は駄目だと思うから書かない」とか、そんな心の狭いことは絶対にしない。なるべくいろんな人の歌を書いて、そういうディープなファンが生まれるんだったら頑張ろうと思う。岡崎裕美子の歌も、歌集を持っていったきり返さない女の子がいたな。でもその子は後でお詫びにきて、全部読みましたって言って、ちょっと汚くなった歌集を返してくれた。だからそれも書いてよかったよね、岡崎ファンがひとり増えたんだから。まあ、同僚から「これは載せないでくれ」って言われてショックだった朝もあるし、字を書き間違えて恥をさらした回もあるけど……。

折田
あの手書きのスタイルにこだわりはあるんですか?

千葉
うん。やっぱり手書きの文字の方がいいなと思う。

高村
綺麗ですよね。すごく読みやすくて。

千葉
いやいや、実は全然字に自信がなくて……しんにょうがいつも上手く書けないんです(笑)。今、隣の席の人が上原先生っていう大人気の若い先生で、書道が専門の方なんだけれど、きれいに書くためのお手本を書いてもらったこともある。「俺のこのしんにょうどうですか」って聞いたら、「まあいいんじゃないですか」なんて言われたりね。上原チェックを経てることもあるよ。

折田
そんなところにも努力があったとは……(笑)。

千葉
実はあるんだよ。あと書く内容で言うと、定番の歌ってあるでしょう。卒業の時期には「フォルテ」みたいな。自分では何回も「フォルテ」を書いた記憶があるから、もういいと思うんだけれど、同僚とか保護者から「去年のあの歌をもう一回書いてほしい」って言われることはありますね。確かに卒業生は、そのときだけの卒業生だもんね。

高村
お祝い事にはこれが定番、っていうのもいいと私は思いますね。お正月には『春の海』みたいな。

千葉
確かにね。正月になれば啄木の「何となく、今年はよい事あるごとし。元日の朝、晴れて風なし。」を思うしね。

高村
俳句ですけど、年末になれば高浜虚子の『去年今年貫く棒の如きもの』を思いますし(笑)。

千葉
わかる(笑)。そうだよねえ。かばんから生まれた三月の名歌としては、柴田瞳さんの「必要がないから退化したはずの翼が疼くような三月」とかね。良い歌ですよね。中山明さんの「ありがとうございました こんなにもあかるい別れの朝の青空」とかね。何度も書いてる歌はあるよね。

高村
読む方もそれを求めてるっていうのはあるとは思いますね。卒業式には『フォルテ』、みたいな。

千葉
ありがたい話ですよね。

posted by かばん at 17:00| かばん本誌 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする