「かばん」6月号特集、「短歌探検隊」の対談の続きです。今回が最終回です。
今回は、「残る歌」について、また教科書の歌についてうかがいました。
最後を締めくくるのにふさわしい話題だと思います。
ぜひご覧ください。
(文責・高村七子)
残る歌
千葉
さっき日々希くん、何首書いて一首残るって言ったっけ。
折田
永田和宏さんの話ですかね。「百首詠んで一首いい歌があればいい」って。
千葉
ああ、そうそう。俺、大学院の先生が岡野弘彦さんで……。本当の先生ね。講義を二年間受けて、修士論文の副査をやってくださって。短歌研究新人賞を取ったときに、授賞式にも来てくださって。その時に岡野先生がおっしゃっていたのは、三千首書いて一首残ればいいって。でも俺、まだそんなに書いてないから。まだまだ千五百首くらいだから、まだこれからだよね。日々希くんは何首書いた?
折田
どうだろう。千も行ってないんじゃないかな。五百はあるかなあ。
千葉
千首近くいってれば立派だよね。
高村
これから歌集を編むときに全部数えてみたら、思ったよりあった、っていうのはあると思いますよ。
千葉
うん。歌は絶対捨てないでね。手を加えれば良くなる歌もいっぱいあるだろうし。その時の感性は残しておいてほしい。
高村
ちなみにちょっと思い出したんですけど、『はじめて出会う短歌100』は教科書に載ってるような歌を載せたっておっしゃってたじゃないですか。ちばさとさんの歌も、教科書に載ってますよね。
千葉
はい、載ってますね。昨年度からは、小学校一首、中学校一首、高校一首が載ってるんです。全校種載って嬉しいです。
高村
そこで小学生中学生がちばさとさんの短歌と出会うというパターンもありますよね。
千葉
あったら嬉しいですよね。小学六年生の教科書には「フォルテ」が載ってます。中学生の教科書には「卒業生最後の一人が門を出て二歩バックしてまた出ていった」。高校は、ちょっと恥ずかしいんだけど、一番初めの頃に書いた「明日消えてゆく詩のように抱き合った非常階段から夏になる」。教科書に載ってるっていうのは確かに嬉しいけれど、教科書って作り直しをするものだから。また載らなくなることもあるし、別の人が載ることもあるだろうね。ちなみに今の教科書は、結構若々しいラインナップで、岡野大嗣さん、大森静佳さん、小島なおさんっていう……共感値の高い歌を載せるようになってきています。
高村
それを教師の立場として指導されるときは、どのようにされてますか。
千葉
自分は今、三省堂教科書の編集委員をやっていて、服部真里子さんの歌を入れてるんです。服部真里子さんの歌って、ちょっと噛みごたえがある。生徒にとっては、これはどういう意味なのとか、これは何を言ってるの、という疑問が湧いてくるでしょう。そういう「考えさせる歌」も入れたい。あと、自分が授業で短歌を扱うときは、三首とか四首とか並べておいて、好きな歌について何か語ってみよう、ということをやってます。選ぶというプロセスがあると、生徒も、自分で選んだものだから何か語ってみたくなる。少なくとも、歌のどこがいいと思ったのかは、言えるわけでしょ。そしたら「俺の選んだのはこれだけれど、あなたの選んだのも面白かったね」みたいに、自分の選んだ歌をベースにしながら比べたり、意見交換が生まれる。それが「鑑賞」だよね。作ってもらうときは、初句五音だけ黒板に書いておく。「帰り道」とか「君のせい」とか「日曜日」とか。時間や場所みたいなところから書き始めようと言うと、ゼロから始めさせるよりも、その続きとして短歌を書ける子が増えるんだよね。「帰り道よく寄っているコンビニで」とか、結構言葉を連ね始める。そういう短歌の授業も発信していかなきゃいけないかなと思ってる。あともっと面白いのは、東直子さんの穴埋め短歌だね。東さんが『短歌の不思議』という本で書いてるけど、歌の一ヶ所だけを隠しておいて、そこに何が入るかを討議する。いろんな面白い言葉が出てきて面白い。そういう方法も、学校で取り入れたいなと思ってます。
高村
面白いですね。
さて、お話は尽きないところではありますが、そろそろ締めたいと思います。とても面白かったですし、自分自身も歌人としてためになるお話が多かったです。ありがとうございました。
最後に、一言ずつお話をしていただけますか。折田さんからお願いします。
折田
はい。「短歌探検隊」の言葉通り、だいぶ取り留めもなく喋っちゃったというか、探検しながら喋っちゃったところはあったんですが……。
ちばさとの歌壇での役割というか、かつての僕も含めて、短歌を全く知らない人がどのように短歌の世界に入っていくのかを担う仕事って、すごく大切だなって改めて思いました。
入口に入ったあとどうするのかっていう話はまた別問題としてあるんですけれども、ちばさとのような働きもあって短歌の入口はとても増えていると感じますし……たとえば新聞歌壇に応募し続けるとか、かばんや結社に所属するとか、スペース短歌に投稿してみるとか。方法は人それぞれですけど、自分と短歌の関わり方のバリエーションが増えてるっていうのが、今の短歌の魅力の一つと思います。
あと青春詠の話があったと思うんですけれど、やっぱり短歌を始める早さというか……若い人が始めやすくなってはいるんですよね。その時その時にしか書けない歌っていうのは、確かにあるなと。そこのハードルを低くし続けるっていうのが、ひとつの入口のあり方なのかなと思いました。
入口の形は時代によって変わるんだろうけれど、自分が最初に出会ったきっかけって、その後の作歌の軸にもなっていくだろうし、ずっと残るものかなと思うので。如何に短歌を知らない人を短歌に繋げるかというのは、雑にやっちゃいけない、丁寧にしないといけない仕事だなと改めて感じました。
千葉
今日はありがとうございました。今日は日々希くんと話ができて楽しかったし、七子さんとか栞さんにサポートしていただけてとても助かりました。
この前、石川美南ちゃんと会う用事があって、「もう十年か十五年ぐらいの付き合いだよね」って言ってて、あとでちゃんと数えたら二十五年の友達だったんですよ。短歌の繋がりって長いんだよね。学生時代の友達も、もちろん続いてる人はいるけれど、でも短歌の人たちの繋がりは濃いし長い。だから短歌の世界に入って続けてくれる人が増えたら、もっとこういう幸せが増えるかなって思う。今は教え子で短歌の中でずっと続けてくれてるのは日々希くんが中心だけれども、まだまだこれから増やしていきたいって思います。自分は短歌を書くことで居場所が与えられて、いろんな本を出せるようになったし、幸せになったけれど、もっといろんな形で何かできるともっと幸せになる人が増えるかなと思います。短歌の周辺でも、映像に強い人もいるし、声の力でスペースをやってみたりマスコミに出ていく人もいるし、エッセイを書く人もいるし……。スターみたいな力を持った人っていっぱいいるでしょう。だから誰かに憧れてずっと受け取る側でいるんじゃなくて、自分から発信する側に回ってくれたら、長い友達がもっと増えるかなと思っています。みんな、表現者になってもらいたい。まだ自分が思いついていないようないろんなやり方があると思うから、ぜひ表現の仲間になって、友達になってもらいたい。そんな気持ちでこれからも頑張りたいと思います。
高村
お二人とも、ありがとうございました。

